「就農するなら今しかない」

蔵王町に移住した方

庄子 重靖さん

蔵王町ではじめた仕事

いちご農家

移住前の職業

商社サラリーマン

「田舎で土と向き合い自然に囲まれて生活する」。そんな暮らしに憧れはあるものの、現実は厳しいと思っている人は多いかもしれません。ですが2016年に43歳で新規就農した庄子重靖さんと話していると、そんなことを考えているよりやってみればなんとかなる、という気持ちにさせられてしまいます。

蔵王町に来る前の庄子さんは、20年間、商社のサラリーマン。設備機器の営業などをしていましたが、もともと農作業をするのが好きで、空いた時間を利用しては野菜を育てていたそうです。いつかは農業をやりたいと思いつつきっかけが掴めずにいましたが、蔵王町でイチゴ農家を営む義父の「あと3年ぐらいは頑張るかな」という言葉が背中を押しました。
「あと3年しかない。義父から技術を教わるなら今しかない。」
そう思った庄子さんは就農を決意し、農地を探して蔵王町に移り住みました。

サラリーマンを辞めてストレスがゼロに

家庭菜園で野菜を育ててはいても農業の経験はなく、全てがゼロからのスタートでしたが、もともと手まめで研究熱心な性格。商社で設備機器を扱っていたこともあり、ビニールハウスの配管などはほぼ全て自分で行いました。栽培方法の研究にも余念がなく、初年度からLED照明を使った栽培など、多数の「実験」をしたといいます。
「去年は夢中だったのであれだけできましたね。今はもう無理です。」
と庄子さんは笑いますが、その甲斐あって、初年度から目標の2倍近い収穫量を達成しました。

実は就農した当時、イチゴ農家で生まれ育った奥さんは「農家なんて絶対にやりたくない」と幼い娘とともに仙台に残ることに。庄子さんは仕方なく一人で蔵王町に暮らし、休みの日に仙台の妻子のもとへ通っていました。しかし、「サラリーマンを辞めてストレスがゼロになった」という庄子さんの楽しそうな様子を見るうちに奥さんの気持ちが動き、翌年からは一緒に暮らせることになったのだそうです。
「サラリーマン時代は毎日数字に追われていた。農業はやればやっただけ自分に返ってくるので、すごくやりがいがあります。これからは作業の効率化もして、蔵王町で子どもとたくさん過ごしたい。」

稼げる農業で仲間を増やしたい

もともと営業畑で、人と話すのは大好き。販路の開拓も積極的に行い、取引先も増えています。驚くほど順調に見えますが、庄子さんが起こした変化はそれだけに留まりません。なんと翌年、商社時代に東京で知り合った友人も蔵王町に移住してくることに。庄子さんが楽しく働く姿をSNSで見るうちに心を動かされたという友人は、新たに農業法人を立ち上げ、庄子さんからアドバイスを受け、事業を展開していく計画だそうです。

「農業もきちんと創意工夫して効率化していけば、ちゃんと稼げるし、もっと人を増やすこともできる。これからは高齢者や障がいのある人にも仕事の場を提供したいし、若い女性にも集まってきてもらいたい。そのために自分にできることをやりたいです。」と話し、町が設置した移住相談室で相談員を務めたり、首都圏で行われる移住フェアなどにも積極的に出かけています。
「家では天体観測やバードウォッチングを楽しんでいます。自然の中で過ごすのはやはり心地いい。蔵王町で楽しく暮らす仲間をどんどん増やしていきたいですね」。
庄子さんの夢は、まだ始まったばかりです。