奈良の伝統工芸の職人が、蔵王町へ
蔵王町に移住した方
石橋 康宏さん
職業
伝統工芸「蔵王一刀彫」職人
出身地
奈良県
蔵王町には個性的な工房を構える工芸家がたくさん暮らしていますが、その中でも異彩を放つのが石橋康宏さん。遠刈田で30年前から陶芸窯を営む「万風窯(まんぷうがま)」の三女・真美子さんの夫として奈良県から移住してきた石橋さんが作るのは、陶芸品ではなく「蔵王一刀彫(ざおういっとうぼり)」という木彫作品です。
「一刀彫」は、もともとは奈良県の伝統工芸。材料に楠(くすのき)や桧(ひのき)や桂(かつら)を使い、ノミ跡を残した力強く大胆な造形に伝統的な日本画の技法で鮮やかな彩色をほどこすのが特徴で、奈良県では子どもが誕生した時に雛人形や五月人形として贈られるなど、古くから親しまれています。
石橋さんは大学を卒業後、車の営業をしていましたが、「後継者が少なくなってきていることを知り、それならば自分が伝統工芸をやり伝えていきたい」と京都の伝統工芸を学べる大学に入り直して仏像彫刻を学びました。卒業後は3年間、奈良の伝統工芸である「奈良一刀彫」の修行をし、技術を習得しました。真美子さんと出会ったのは、仏像彫刻を大学で学んでいた時のこと。迷いましたが、結婚を機に蔵王町へ移住し、新天地で一刀彫に取り組んでいくことを決めました。
「蔵王一刀彫」という新しい看板
「そりゃあ、初めは不安でしたよ」と話す石橋さん。
「せっかく奈良の伝統工芸を遺すために奈良一刀彫を学んだのに、奈良を離れていいのかと。でも結婚も人生の中でとても大切なことだから『行ってみたらいいじゃないか』と友達に言われて。それなら、奈良一刀彫の素晴らしさを東北に紹介するのも自分にしかできないことなんじゃないだろうかと、心に決めました。
現在、万風窯の敷地の一角に「蔵王一刀彫」の看板を掲げて制作に没頭する日々を送る石橋さん。町の文化センターで個展を開いたり、若手工芸家が集まる蔵王のクラフト展に実行委員として参加するうちに、だんだんと手応えを感じられるようになってきたといいます。
「木彫したものに日本画の彩色を施す工芸品は東北には無いものですし、みなさん珍しがって見てくれる。自分の作品を紹介することで、奈良一刀彫のことも知ってもらえます。けっこう作品の反応が良くて、『ああ、ここでもやっていけそうだ』という自信が少しずつついてきました。
人と人とのつながりが、作品を育む
蔵王町での生活は「雪かきが大変です。やったことが無かったので」と苦笑い。それでも人の温かさに触れ、だんだんと生活にも慣れてきたそうです。
「ここは本当にいい人が多いです。いろいろ声をかけてくれるし、飲み会や食事にさそってくれたりして仲良くしてくれてはります。みんな自分の町に対する熱い気持ちがすごくあって、この町が好きなんだなあと感じました」。
東北での多くの人との出会いによって、新たな作品も生まれています。蔵王町のゆるキャラ「ざおうさま」などがその一例。若い人にも親しんでもらえるようにと、アクセサリーや着物の帯留めを作ったり、注文者の顔に似せた福助・お福人形を作るなど、常に挑戦を続けています。
「大変だと思いますが、よく頑張っていますね」と話す妻の真美子さんとは、毎日、共同温泉浴場の寿の湯に行くそうです。「私は陶芸をやっていて、夫の仕事のことは分からないことも多いですが、だからこそ興味を持って聞くことができます。これからも刺激を与え合いながら、蔵王町にものづくりを広めていきたいですね」。
若い工芸家夫婦の情熱がこれからどんな蔵王町を作っていくのか、とても楽しみです。